読書日記(小説編)



いま、会いにゆきます (市川拓司,小学館)

泣きました。

泣いた,というか号泣というか,嗚咽というか…。

でも,とにかく,どうしようもないくらい優しい物語です。

この本を読む前に「世界の中心で…」を読んで,かなりがっかりしてました。大切な人を失う悲しさ,つらさ,それは痛いほど伝わりました。でも,「だから何?」としか思えませんでした。読み終わったあとには,喪失感だけが残り,なんとも後味は悪かったです…。

一方,本書は,とても悲しくせつない別れなんですが,読み終わった後には,とても優しい気持ちになります。誰かに優しくしてあげずには居られなくなります。

タイトルは「いま,会いにゆきます」。最後の最後になって,このタイトルの意味が分かります。そして,このセリフに込められた,人を愛することの素晴らしさ,強さを知り,涙が止まらなくなりました。

本の帯にあるように,感動具合にも「個人差はあります」。自分の場合,夜,妻+チビ×2匹が寝静まる寝室で,そのチビ達の間で電気スタンドを点けて読んでいました。もう,この本を読むシチュエーションとしては最悪です。(T_T)号泣になりました…。

ただでさえ泣けるのに…。


全体的に主人公,妻,子供の3人の会話がとても優しくよいのです。すべての会話がとても優しく,よく考えられていて,だけど自然な会話がとても感じが良いです。

そして,この作者,子供の描写がとても上手いです。

子供は,

とにかく,一人より,つきあっている人がいる人,それよりも既婚者,それよりも子持ち,と後者になればなるほど泣けます。そして優しくなれます。いや,ならずにはいられないでしょう。

今年読んだ中では,「クライマーズ・ハイ」と並ぶヒット作となりました。

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博士の愛した数式 (小川洋子,新潮社)

記憶が80分しか持たない数学者「博士」と,家政婦の「私」,そして私の息子「ルート」のお話。

博士は記憶が80分しかないから,毎日,家政婦さんと一日を過ごしても,翌日には「誰でしたっけ?」という状態になる。しかし,一流の数学者だった若い頃(1975年以前)の記憶はしっかりと持っており,私やルートに数学の世界を教えてくれる。

その,博士が教えてくれる数学の世界は,とてもとても優しく,美しい世界。完全数や友愛数などの説明では,「へぇ〜」を連発してしまいました。自分の子供にも,こんなに楽しく数学を教えてあげられたらなぁ…,と思いました。

そして,3人の友情は一日のうちにどんどん深まっていくのですが,翌日には博士は「誰でしたか?」となってしまう切なさ。いかに,僕らが毎日の細かい記憶の積み重ねの上に生きているのか,とうことを痛感します。

とにかく,静かで優しく,切なくて,でも,さわやかな小説でした。

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半落ち (横山秀夫,文藝春秋)

「クライマーズ・ハイ」ですっかり、横山秀夫の大ファンになってしまって、続けざまに読んでみたのが、この「半落ち」。寺尾聰主演で映画化され、最近CMでも流れています。

県警の警部が、妻を殺して自首してきた。病苦に悩む妻に頼まれての嘱託殺人。動機も明らかで、自白に矛盾もなく、警察用語で言うところの「完落ち」の状態かと思われた。

しかし、妻を殺してから、自首するまでの2日間については完全に黙秘を続け、なにをしていたかは謎のまま。このことから、事件は「完落ち」ではなく、「半落ち」ということになり、警察・検事・マスコミ・裁判官・弁護士・刑務官、ありとあらゆる人たちが、この「空白の2日間」について、その謎を探り続ける。

色々な立場の人間が、真相を解き明かすために尽力するが、警察組織の軋轢や、新聞社内の争い、裁判制度、さまざまな力に屈して最後までたどり着けない。

かゆいところに手が届かない、異様なもどかしさを感じつつ、でも、最後にたどり着く前に、残念ながらオチが読めてしまいました。

そんなことから、「クライマーズ・ハイ」のように、大感動、というわけには行きませんでした…。

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クライマーズ・ハイ (横山秀夫,文藝春秋)

久しぶりに、雑誌「ダ・ビンチ」を買ってパラパラと見ていたら、横山秀夫の「クライマーズ・ハイ」を発見。最近、CMで映画「半落ち」をやっているのを見て、その原作者、ってことくらいしか知りませんでしたが、どうやら、この「クライマーズ・ハイ」はおもしろいらしい。

そこで、2004年単行本第1号は、「クライマーズ・ハイ」に決定。翌日、新橋の文教堂書店で購入しました。

読んだ結果、、、

最高におもしろい,しかも感動!!

文句なし、今年読んだ本でナンバー1のおもしろさ!!(年明け第一冊目なんだから当たり前ではあるが…) 果たして、今年、この「クライマーズ・ハイ」以上にすばらしい本に会えるか、不安になるくらいおもしろかった。

主人公は地方新聞につとめる記者、悠木。社内の友人と、谷川岳の衝立岩という難関に登攀する約束をしていたが、出発を目前に、日航ジャンボ機墜落事故が発生。急遽、全権デスクとして日航事故の紙面を取り仕切ることになる。しかし、現在の提灯記事だらけのゆるゆるメディアとは異なり、真実をだれよりも早く、だれよりも正確に、そしてだれよりも現場の雑感を大事に自分の信念を貫こうとする悠木。

しかし、新聞社の中には、複雑な人間関係や政治力学が働き、思うように動けない。そして、一緒に衝立岩に登る約束をした友は歓楽街で倒れ、意識不明の植物状態に。さらには、子供とのぎくしゃくした関係、過去にあった自分の部下の事故死への思い、、、。様々なところから悠木は追いつめられ、追いつめられて…。

この、「追いつめられていく状態」が、どうしようもなくいいです。すっかり、読者である僕らまで「ハイ」になっていきます。

作者の意図とは異なるのかもしれませんが、あちこちで目頭が熱くなるシーンがあり、父親としてなのか、サラリーマンとしてなのか、とにかく泣ける一冊でした。

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もし僕らの言葉がウィスキーであったなら (村上春樹,新潮社)

村上春樹と奥様が、シングルモルトの聖地、アイルランドのアイラ島を訪ねたエッセイ。

僕はウィスキーはまったく飲めない(本当に、まったく飲めない)んだけれども、このエッセイを読んだ後には、どうしてもウィスキーを飲みたくなってしまいました。(^^)

アイラ島では7つある上流所を回って、そこでの製法や哲学(!)を見てくるわけですが、そのあまりのシンプルぶりに、「はぁ〜、こういうのは工場ではできないんだろうなぁ」と思いました。

また、随所に挿入される写真は、すべて奥様が撮った作品なんですが、「すばらしい」の一言。僕ら、ド素人とは比べるまでもないのですが、非常にすっきりと、そして暖かい写真ばかりです。酒と旅行(とマラソン)が好きな旦那と、写真が趣味の奥さんで世界各地を旅して、小説やエッセイを書いて…。いいのぉ〜、と思いつつ、明日も東海道線に揺られて会社に行くのであった。

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星々の舟 (村山由佳,文藝春秋,2003年)

村山由佳は久しぶりに読みました。んで、「どうしたんじゃ?」というくらい、今までとは違うずっしりとした重みのある小説でした。

物語は、6つの章からなり、それぞれの章で、家族の一人一人が様々に悩んでいる姿が描かれています。登場人物達それぞれが、兄弟愛や不倫に悩み、家庭に背き、戦争の強烈な心の痛みに悩み、それでも生きていく。

家族みんなが、みんな揃って悩みを抱えてるのは、「お前もかいな?」感じもしないでもなかったですが、重之のセリフ

「叶う恋ばかりが恋ではないように、みごと花と散ることもかなわず、ただ老いさらばえて枯れてゆくだけの人生にも、意味はあるのかもしれない」

によって、冒頭からずっっっっと重いテーマが続く、この小説の最後の最後に光りが差し込んだ気がしました。

ぼろぼろの人生で、なんとか生き抜いてきた。ただただ、生き抜いてきた、そんな人生にも意味がある。これからの短くはない(と願う)人生にも、決して悲観することなく、生きていく力を与えてくれる小説でした。

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縦糸横糸 (河合隼雄,新潮社,2003年)

とてもよかった。8月現在,今年読んだ本の中では文句なしに, 一番よかった。

著者は,臨床心理学者の河合隼雄氏。以前,同氏の「こころの処方箋」を読んだことがあります。その時に,「なんて,本当に優しい人なんだろう?」と思った記憶があります。「こうすればよい,こうしなさい」ということは決して言いません。ただ,「こういうものなんですよ」と人の心理,また,他人の受け止め方とかを語りかけてくれます。

今回読んだ,「縦糸横糸」は,長年にわたり新聞に連載されていた同名のコーナーを,まとめて1冊の本にしたものです。そのため,神戸の小学生殺人事件や,地下鉄サリン事件,JCO事故など,その時々の事件や出来事をテーマに,そういうことになった背景なり問題点を考えています。

まず,一番驚いたのは,様々な出来事を取り上げているのですが,「本当の原因なんて簡単に分かるものではない」としているところです。むしろ,「一生悩み続けるべきもの」とまで言っています。とかく,科学技術が発達し,インターネットやメディアを駆使し,なにかがあるとすぐに「原因」が分かる,と思っていることを反省しなければなりません,と語りかけます。

殺人事件が起きた,原因はナイフだ→ナイフを所持できないようにしよう,安心。犯人は精神異常だった→うちの子は異常ではないから安心。学校教育での体罰が原因→体罰を禁止しよう,それで安心。

こんな,インスタントな原因究明と単純な対策で安心しているうちは,なにも解決しないことを説明してくれます。

また,これに関連して,日本式の「スローガン」を,もうやめよう,とも言っています。いじめがあれば,直ちに「いじめ撲滅,絶対無し!」のスローガンのもとに,いじめを絶対にさせないように,生徒指導を行います。いじめに向かってしまう本当の原因を考えないうちに,うっぷんの出口であるいじめだけを徹底的な監視で0にしようとすればするほど,行き場を失ったエネルギーは,より陰湿ないじめやオヤジ狩り,家庭内暴力など,別の形で現れてしまう。罰するのではなく,なぜ罰せられてもしょうがないことをしてしまうのか,を悩んで考えて,対話していかなければ,決して解決はしないと説明しています。

さまざまな,とてもいい話が何10編ものっているのですが,中でも,マザーテレサの話はかなり感動しました。一人の人を面倒見ることの大切さ。その大切さをモットーとして行動していた彼女に対し,私たちは 目に見えない多数のために働く,という口実のもとに,目に見える目の前の一人のためにするべきことを避けていることが多いのではないか,と問いかけます。

「目の前で泣いている自分の赤ちゃんに心から対するより,翌日の仕事によって多数に役立つ(と思っている)ことに,心をとらわれてしまっていないだろうか」

という一節は,普段,仕事に追われている自分の生活を振り返り,ぐさっ,とくるものがあったと同時に,「早く気がついて良かった」とも思いました。もちろん,翌日の仕事よりも,目の前の人と本気で対することのほうが,遙かに大変なことではありますが。(と親と話したら,これから先は,もっともっともっと大変ヨ。あんたも心当たりがあるでしょう?と言われました。確かにそうかも…(^^)

子供を持つ親は,全員読むべきでは?と思える,すばらしい本(と著者)に出会えました。

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PAY DAY!!! (山田詠美,新潮社,2003年)

主人公は,17歳の双子の兄妹ハーモニーとロビン。彼の両親は一年前に離婚し,兄は父親と,妹はニューヨークで母親と暮らしている。そんな,彼らに「9月11日」が訪れ,母親が行方不明になる…

テロによって大切な人を失ったことがメインの話ではない。たしかに,「納得できない理不尽な力によって大切な人を失ったこと」は,この小説の出発点ではあるけれども,主題は,「家族」だと思う。

妹,兄,父親のそれぞれが,すでに離婚により離ればなれになっていたのに,これからの生き方をそれぞれに模索していく中で,また「家族」として集っていく。

そして,どんなに辛いことがあっても,「It's my pay day!」が合い言葉。少なくとも,給料日がくればいやなことも忘れて,なんとかやっていける! という,決して楽天的なだけでなく,前向きで力強い家族の姿が見えてきます。この,家族を見守る,周りの人たちも,アル中の叔父とか,でたらめではあるんだけど,決して憎めない,好感の持てる人たちでした。

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ラブリー・ボーン (アリス・シーボルト,アーティストハウス,2003年)

この小説は、出てくる人みんな(except for ハーヴェイ)が好感を持てて、誰が主人公かというと困るのだけれど、一応は、わずか14歳でレイプ殺人されてしまうスージーという女の子が主人公ということになっています。

物語は、スージーが近所に住む男(ハーヴェイ)に殺されるところから始まります。スージーの家族(サーモン家)は、13歳の妹リンジー、4歳の弟バックリー、それに父と母の5人家族。この家族がスージーの死によって、バラバラになっていきます。(父親は犯人捜しにのめり込み、母親も事件のショックの大きさから受け入れることができません。妹は「殺された女の子の妹」という目で周りから見られ続けます。)

天国に行ったスージーは空から家族、友人、そして犯人のことをずっと見続ける。そこからは、自分の果たせなかった夢をリンジーがかなえていく姿や、家族がバラバラになっていく姿が見えます。

 この物語は、本当に耐え難い苦痛に耐えながらもそれを受け入れ、なんとか家族としての絆を深めていく地上の人達と、天国からその様子を見守り、最後にほんの小さな夢をかなえるスージーの2つが主人公の、心暖まる小説です。

つい、最近読んだ山田詠美の「PAY DAY!!」にも似た、家族の暖かさや,強さを感じることができる小説でした。

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海辺のカフカ (村上春樹,新潮社,2002年)


待ちに待った、村上春樹ひさしぶりの長編小説、「海辺のカフカ(上・下)」。久しぶりなので、読むのがもったいない…。

構成が、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を思わせる、複数ストーリーの展開で僕らを飽きさせない(飽きる訳ないんだけど…)。今のところ、まだ謎だらけ。きっと、この謎は…。ナカタさんと猫のカワムラさんの会話が出るたびに笑えてしまいます。

「鯖なら縛る、探すならサワラ」みたいなやりとり。とてもおもしろいです。わくわくしながら、あと2週間ほどかけて読み終わる予定。(2002年10月1日)


読み終わりました。正確には2回読みました。

感想は、「おもしろかった」の一言です。久しぶりに読む長編は、本当におもしろかったです。

構成面では、2つのストーリーが並列で進む構成が楽しいし、「羊」シリーズのような冒険物はやはり楽しいです。

上巻のRiceball Hill Incidentの報告書やその後の手紙などは、本当にうまいなぁ、と思いました。おかげで、読書を中断できずに風呂から出られずに、本がくにゃくにゃになりました。

上巻ではどんどん謎が増えていき、「大丈夫かなぁ? ねじまきのように発散しないよねぇ?(ねじまきも大好きだけど…)」という不安もありましたが、単純にセリフや場面の設定とかがおもしろかったです。

下巻にはいると、人間の記憶や時間なんかについても真剣に考えさせられました。その意味でも、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」に近いかもしれません。「世界の…」なんて正にそうだったけど、本当、人間の頭の中、そして記憶って不思議だと思います。それこそ、世界を作り上げることができるんですよね。自分の記憶の中だけに生き続ける人や場所がある。考えれば考えるほど不思議です。

下巻の真ん中あたりで、ある程度予測はできてはいたけど、ナカタさんの死はショックでした…。もう少し最後の方まで行くのかと思っていました。ただ、死んだときにようやく自分に戻れたナカタさんの描写を見ると、死んでしまったのに、ホッとしました。ようやく、複雑に絡み、たくさんのことを失った人生の重荷から解放されたのかな。ご冥福を…。

以前に比べて、ハッキリとわかりやすいメッセージが随所に見られた気がします。そのためか、多くの謎(というか読者が考えることができる余地)を残しながらも、感動したり心に残るものが多い作品になっていると思います。

カフカと佐伯さん、大島さん、ナカタさんと星野君の話の中には、人生や愛についてのためになる話や切ない話、かっこいいセリフが随所に出てきました。自分の過去を振り返って(正に記憶だ)、考えさせられるシーンがいくつかありました。かっこよかった場面は、

「息をのむような素晴らしい思いをするのも君ひとりなら、深い闇の中で行き惑うのも君ひとりだ。君は自分の身体と心でそれに耐えなくてはならない。わかるね?」

という大島さんのセリフとかがよかったなぁ。

佐伯さんの「私が存在していたことを記憶していて欲しい」という願いは、本当に切ないです。「ノルウェーの森」の直子も同じことを言っていました(直子の場合は本当に記憶していて欲しい人(=キズキ)はもういない訳だからもっと切ないけど…)。カフカを読んでから、よりいっそう、人の記憶について考えさせられました。

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おわり


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